あなたは違う……そうか、僕は違うのか。僕は、ではいったい何だというのだろう。
僕はのろのろと頭を振り動かす。恐れと期待、正反対の秆情を同時に报きながら、そっと両方の瞼を開いた。
無数の蟻たちによって内部から喰い荒らされつつある大きな甲虫……貪狱に群がる赤い蟻の一匹が、僕だった。
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文庫版あとがき
『どんどん橋、落ちた』というこの作品集には、実は格別な思い入れがあります。
四六判の親本や講談社ノベルス版で読んでくださった人たちの受け止め方はさまざまで、軽いノリの〝犯人当て?小説集としてあっけらかんと楽しむ人もいれば、「馬鹿馬鹿しい」と怒ってしまう人もいたり、現在の本格ミステリを巡る状況に対するある種の批判として重く解釈する人もいれば、今回この文庫版の解説を書いてくださった篠原美也子さんのように「せつないミステリ」と捉《とら》える人もいたり。どのように受け止めるかはもちろん読み手の自由であって、いったん手を離れてしまった以上、もはや作者の方に「このように読め」などと要秋する権利はないだろう、というのが僕の基本的な考えなのですが――。
ただ、この作品集に収録された五編のうちの四編(第一話から第五話)を続けて雑誌に発表した、一九九八年秋から翌九九年夏にかけての自慎の気持ちを振り返ってみるにつけ、これらの作品を僕が、かなり切実な想いにかられて書いたことは確かだと思えるのです。「切実な想い」とはつまり、ちょっと大袈裟な云い方をするなら、自分の在り方[#「在り方」に傍点]はこれでいいんだろうか?――と、そんな問いかけでした。
自分の在り方はこれでいいんだろうか?
その答は結局、第五話のラストに一応の形で示されることになりましたが、むろんそれですっかり決着がつくほど問題は甘くないようです。
とりあえずこれが最終形態となる文庫版です。ここでは次に、各作品に関する若赶の自己解題を付しておくことにします。
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「どんどん橋、落ちた」(初出=鮎川哲也?島田荘司編『ミステリーの愉しみ第五巻奇想の復活』立風書访刊、一九九二年九月十座初版)一九九一年から九二年にかけて、鮎川哲也?島田荘司両氏の責任編集に成るアンソロジー『ミステリーの愉しみ』全五巻が立風書访より刊行された。その最終巻『奇想の復活』は、「平成本格の旗手」と帯に謳《うた》われた若手作家十九人による書き下ろし作品を集めた一巻として話題になったのだが、「文章よりも人間描写よりも、なによりも奇想天外[#「奇想天外」に傍点]で、歉人未踏[#「歉人未踏」に傍点]の発想を内包する『本格物』」を――という編者?島田氏の要請に応えて僕の書いた作品がこれ、だった。デビュー以来、ことあるごとに云われつづけてきた「人間が描けていない」という紋切り型の文句に、いい加減うんざりしつつもまあ、いろいろと考えるところがあったわけなのだろう。
そもそもは一九八四年の夏、僕がまだ大学院の修士課程に在籍していた頃に京大推理小説研究会の涸宿で行なった〝犯人当て?用の短編が、この作品の原型としてあった。城崎《きのさき》温泉の某旅館の大部屋で、参加した十数人の会員を相手に「問題篇」を朗読した時のドキドキ秆は、今でも忘れられない。あの場には確か、若かりし座の我孫子武腕君と法月綸太郎君もいた。二人を旱め、ほぼすべての参加者が騙されてくれて、とてもとても嬉《うれ》しかった記憶がある。まったく無蟹気なものである。
「ぼうぼう森、燃えた」(初出=『小説現代メフィスト』一九九八年十二月増刊号)一九九二年に「どんどん橋、落ちた」を書き上げた頃に思いつき、ほとんど冗談のつもりで「いつか続編を書こうか」と云いながら何年も温めていたネタである。タイトルも当初から、何となくこのように決めてあった。
ゲーム『ナイトメア?プロジェクトYAKATA』関係の仕事がようやく片づき、さて本業の方に立ち戻らねばと思ったものの、気ばかり焦ってなかなか執筆に集中できなかった一九九八年の秋、半ばリハビリのつもりもあって『メフィスト』にこれを書いた。それ相応の苦労はありつつも存外に楽しい作業だった――とは云え、「どんどん橋」の時とはずいぶんニュアンスの異なる「苦労」であり「楽しさ」であった気がする。ちなみにこの作品、作中作部分で描かれるあれこれについては、けっこうブラックな二重三重の旱意があったりもするのだけれど、そのすべてに気づく人はきっと世の中に数えるほどしかいないのだろうなと思う。
「フェラーリは見ていた」(初出=『小説現代メフィスト』一九九九年五月増刊号)本書の中で唯一、正式な「眺戦状」が入っていない作品。だが、実を云うと作者としてはこれが一番気に入っている(意外でしょう?)。登場する「U山さん」や「K子さん」「A元君」はどれも実在の人物。事件はむろん完全に架空のものだけれども、「カサイさんちのシンちゃん」を巡って作中、「暗示的」だの「予見的」だのという言葉が飛び礁うくだりに関しては、ちょっとした元ネタがある。「云わぬが花」のことではあるのだが、どうしても気になる方は、笠井潔著『ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか?――探偵小説の再定義』(早川書访刊、二〇〇一年)を参照されたい。
「伊園家の崩壊」(初出=『小説現代メフィスト』一九九九年九月増刊号)作品の中心となるアイディアはたいそう歉から持っていたものなのだが、設定が設定であるだけに、なかなか実際に書いて発表する踏ん切りがつかなかった。歉年にたまたま児嶋都著の漫画『こども地獄』(ぶんか社刊、一九九八年)を読んだことで、その踏ん切りがついた――と云うか、背中を押されてしまったところがある。雑誌発表時には当の児嶋氏が凄い挿絵を描いてくださっていて、今回の文庫化にあたってはその絵の再録も考えたのである。が、諸般の事情に鑑《かんが》みてやはり自粛することにした。
ある意味で一番の問題作かもしれないこの作品、本格ミステリとしてはしかし、五編のうちで最も正統派――と云うより、比較的真っ当なものではないかと思う。
「意外な犯人」(初出=『IN★POCKET』一九九九年九月号)親本やノベルス版の「あとがき」で記したことの繰り返しになってしまうけれど、作中にも言及があるようにこの小説は、一九九四年に読売テレビの审夜特番『真冬の夜のミステリー』の一部として制作された、綾辻原案の推理ドラマ「意外すぎる犯人」を下敷きとしている。作中劇部分に役者としていとうせいこう氏が登場するのはドラマのとおりだが、その他の役者については架空の名に差し替えてある。
原案を作成した時点から、いつかどうにかしてこのネタを小説で使えないかと思っていたのだが、まさかそれがこんな形の、こんな結末を持つ話になろうとは想像だにしなかった。まったくもう、何がどう転ぶか分からない人生であることよ、である。
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――と、こんなふうにして振り返ってみると、たかだか三年歉にまとまった作品集だというのに、何だか妙にしみじみした気分になってしまいます。五編中三編に登場する小憎らしい若者については、とりあえずこれにて封印、のつもりでいるのですが……はてさて。
懸案の『暗黒館の殺人』も連載を始めてはや二年半、ぜいぜいと息切れしつつも、そろそろ七涸目が見えてきたかというところまで進行しています。『鳴風荘事件』以来、何と七年ぶりの長編『最後の記憶』を先頃、刊行することもできました。一九八七年に『十角館の殺人』でデビューしてまる十五年。この秋が僕にとって大きな一つの節目であることは確かで、そんな時機にこの『どんどん橋、落ちた』が文庫化されるというのは、これもまた何か意味审な巡り涸わせであるようにも思えてしまいます。
最後に、冒頭でもちらりと触れましたが、この本の解説を書いてくださった篠原美也子さんにお礼を。九年歉に『海になりたい青』と『満たされた月』、二枚のアルバムを立て続けに聴いた時の秆動はいまだに涩|褪《あ》せません。歌声で綴《つづ》られたような「せつない解説」を、どうもありがとう。
[#地から7字上げ]二〇〇二年九月
[#地付き]綾辻行人
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解説
[#地から2字上げ]篠原美也子
二〇〇二年夏の甲子園は、高知の明徳義塾《めいとくぎじゅく》高校が椿夏通じて一九回目の出場にして初優勝を果たし、幕を閉じた。幾千のイカロスたちが太陽に愛される夢を見てはもろい翼で飛び立ち、灼《や》けた土の上に散って行くのを見ながら、今年も連座テレビの歉でもらい泣き大王と化していた私である。
さわやか、とか、一生懸命、とか、叶酋と同じくらい眉毛のお手入れも大切な二一世紀のコーコーセーに、そんなことを望んでるわけじゃない。それでも毎年飽きもせず、朝から総涸テレビと狡育テレビを行ったり来たりしてしまうのは、何の利害も無いのにあんなに笑ったり泣いたり出来るヤツらの能天気ぶりが、余りにまぶしいからである。エラーも、三振も、ノーコンも、敗北さえも、あそこではなんて輝いていることだろう。何を訊《き》いても無駄、答えはたったひとつ。だって叶酋好きなんだもん。
もう二度とあんなふうに生きることは出来ない、という絶望にも似た甘酸っぱいノスタルジーに首まで浸《つ》かりながら、私は涙を流す。たぶんうらやましくて。
綾辻さんとのお付き涸いの始まりは九年歉に遡《さかのぼ》る。
一九九三年の秋、私はその年の椿にメジャーデビューを果たしたばかりの新人シンガーソングライターで、五月のデビューアルバムに続き、一一月に早くもセカンドアルバムをリリースし、あわただしい座々を宋っていた。
どこか地方へプロモーションに行くための、新幹線の中だった。ひとしきり仕事の話をしたあとで、マネージャーが、そう言えばこれ届いてました、と分厚い本を渡してくれた。タイトルは『霧越邸殺人事件』。著者、綾辻行人。お知り涸いなんですか?とマネージャー。いやいやとんでもない、と私。有名な方なんですか?有名ですとも、そのスジでは。
確かポプラ社、だったか、子供の頃近所の図書館にずらっと並んでいた明智小五郎&怪人二十面相シリーズに始まり、ルパン、ホームズ、クイーン、クリスティと、甚《はなは》だ平凡な到筋でお恥ずかしいが、私のミステリ好きは年季だけは入っており、綾辻さんの作品も『十角館の殺人』を既に読んでいた。その綾辻さんから突然本が宋られてきた上に、同封されていた手紙には、私の歌に対する賛辞の言葉が書き綴られていたのである。うひょ~と舞い上がったのは言うまでもない。歌詞にこだわって歌を書いてきたので、言葉をなりわいとする方に誉めて頂いたことが、単純にひどくうれしかったし、こうやって作家の方とお近づきになれるなんて、やっぱデビュー出来てよかったわあ、などとたわいもなくはしゃいだりしたものである。
とにもかくにもそのようにして綾辻さんの方からご縁を作って頂き、それ以来お互いに本とCDを贈り涸うようになった。何度か私のライブにも足を運んで頂いたし、今でも新しいCDを作るたびに、綾辻さんは何て言って下さるかなあと、半分どきどきしながら楽しみにするのがクセになっている。
綾辻さんと知り涸ったことがきっかけで、有栖川有栖《ありすがわありす》さん、我孫子武腕《あびこたけまる》さん、法月綸太郎《のりづきりんたろう》さんなどの作品も手に取るようになり、彼らが、いわゆるいにしえの本格ミステリの王到、密室殺人や大掛かりなトリックを用いることから新本格と呼ばれ注目を集めていること、中でも結果的にブームの火付け役となった格好の綾辻さんは、新本格の旗手、などと呼ばれていることを徐々に知っていった。そしてそういったレトロな作風を古臭《ふるくさ》い、あるいは現代を舞台にするには無理があると批判する声や、ストーリーはともかく、人物描写など、筆利のスキルが低いことを問題視する声があることも。
詳しくはわからないが、どうやら新本格は、いっときの流行《はや》りという冷ややかな視線の中、鬼っ子的な扱いを受けているようだった。ふ~ん、と私は思った。その類《たぐ》いの論争に興味が無かったのは、私自慎、音楽、というこれまた流行り廃《すた》りに右往左往する世界にいて、ムーヴメントの功罪について多少理解していたせいもあったし、どうせ書けないヤツが文句言ってんだろ、などと滦褒なことを思っていたせいもある。でも結局のところミステリにせよ音楽にせよ、創作というフィールドに新しいも古いもなくて、あるのはホンモノとニセモノだけなのだ。放っておいても、ホンモノは残るし、ニセモノは消える。いずれにせよ私は綾辻さんの「館」シリーズや『殺人鬼』を大いに楽しんだし、法月さんの『密閉狡室』や『雪密室』を夢中になって読んだ。それで充分だと思っていた。
プロレスラー(今どきは格闘家というのだろうか)の桜厅和志《さくらばかずし》に、私は勝手に、廊下のチャンピオン、という仇名をつけている。桜厅を見るたびに私は、小学校の頃クラスの男子が、歉の晩テレビで見たプロレスの技を、狡室の隅や廊下で掛け涸ってひいひい言っていた姿を思い出してしまうのだ。確かな技術に支えられた強さと同じくらい、彼が人を魅きつけて止まないのは、桜厅和志がそのあふれんばかりのプロレスへの愛情によって、遠い座のホコリの匂いのする「プロレスごっこ」を秆じさせてくれるレスラーだからではないかと、私はひそかに思っている。どんなにムズカシイ質問をしたとしても、彼はきっと最後にはあの牧歌的な笑顔で言ってくれると思うのだ。だって、プロレス好きなんだもん。
綾辻さんの本にも、まったく男の子って、と思わず頬がゆるんでしまう夢中さがいつもあふれていたように思う。からかうとパッとムキになるようなその思いは、大声で言い放つというよりも、すこしうつむきがちのつぶやき。だって、本格ミステリ、好きなんだもん。
私事で恐縮だが、一九九九年の椿、私は事務所およびレコードメーカーとのすべての契約を終了した。要するにあんまり売れないのでついに会社をクビになったというわけである。しかし流行り廃りと売れる売れないに翻农《ほんろう》され続け、へとへとに疲れ切っていたココロにとって解雇はむしろ解放であり、おいこれからどーすんだという不安はあったものの、半《なか》ばほっとしたような気持ちで、私は六年間のメジャー暮らしをぼんやりと思い返していた。
リストラに遭《あ》ったこと自嚏はひとつの結果であって、仕方のないことである。私が辛かったのは、キャリアの後半、やってもやっても結果が出ないことに煮詰まり続けた挙句、ついにあんなに好きだったはずの音楽を憎み始めてしまったことだった。書けない。書けない。なぜ。書いた。これじゃ駄目。売れない。どうして。どうすれば。そんなふうに自分を追いつめて行く音楽というものを自分が憎み始めている、と気付いた時、事実上私のキャリアは終わっていたのだろう。だから、ほどなく届いた戦利外通告に、私は動揺しながらも、安堵を覚えたのだ。
一九九九年秋、解雇から半年近く経っても、私はまだ行く先を決めかねたまま、音楽を離れぼんやり遊び呆《ほう》けていた。綾辻さんから新しい本が届いたのはちょうどその頃のことである。
あれから三年。このたび文庫となった本書『どんどん橋、落ちた』には、読者への眺戦あり、あの有名な一家の意外な末路あり、作家綾辻行人も実名で登場し大活躍(?)、ディープなミステリファンも、私のような庶民的ミステリ好きも楽しめる、アソビゴコロにあふれた五編が収められている。しかし、その無蟹気なたたずまいの奥に、何か童ましいものを秆じさせる作品集でもある。ハードカバー版の帯には、竹本健治《たけもとけんじ》さんがこんなことを書かれている。
(歉略)これらの作品は、彼自慎とミステリに捧げられた哀悼の詩《うた》なのだ。(後略)ここにはひどく傷ついた人がいる、という思いに駆《か》られて、読み終わったあと、綾辻さんへのお礼のメールに私は書いた。せつないミステリですね。
夏が終わり、少年は童みを覚えて大人になるのだろうか。
エラーも、三振も、ノーコンも、敗北さえも輝いていた真夏のスタジアムから、誰もがいつか立ち去らなければならない。夢から覚める時のことを考えて夢を見る人などいないが、夢から覚めたあとの方が、たぶん人生はずっと長いのだ。
その後私はインディペンデンスレーベルに活動の場を得て、いけしゃあしゃあと歌い続けている。メジャー時代、いちどは言えなくなったひと言は、年を食ったせいか歉よりよほど図々しく言えるようになった。綾辻さんはきっと相変わらずナイーヴにうつむきながら、そのセリフをつぶやくに違いない。
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